雇用契約において、使用者は労働者に対し、安全配慮義務を負っています(労働契約法5条)。安全配慮義務とは、労働者の生命・健康を労働災害等の危険から保護するよう配慮する義務をいいます[1]。
判例[2]によれば、安全配慮義務の内容は、業務の遂行に当たって支配管理する人的及び物的環境から生じる危険を防止することであるとされています。この判例では、人的物的環境の整備に不備があった場合は別として、他の労働者の不適切な運転など、人的物的環境の整備とは無関係な行為により生じた損害についてまで、使用者は責任を負わないとされています(もっとも、安全配慮義務違反としての責任を負わないというだけで、使用者責任(民法715条)や運行供用者責任(自賠法3条)などの責任を負う可能性があることには注意が必要です)。
それでも、使用者が安全配慮義務に違反し、それによって労働者がケガや病気になる、自殺するなどの場合には、使用者は損害賠償義務を負うことにもなりますから[3]、決して軽視することはできません。
では、使用者は、誰に対して安全配慮義務を負うのでしょうか。特に、下請けに委託している会社で問題となりえます。
判例[4]でも、元請人と下請企業の労働者との間に特別な社会的接触の関係が認められる場合には、元請人は、信義則上、当該労働者に対して安全配慮義務を負うとされています。
最近でも、注目すべき判決[5]があったので紹介します。
事実関係は次のとおりです。
①Y社は、油圧機器の製作、販売及び再生加工等を目的とする株式会社であった。
②Y社は、工場内に設置された金属製の棚を溶断して解体する工事をAに依頼した。
③Aは、Xとともに解体工事をおこなうこととし、Y社も了承した。
④Y社は、Xに対し、作業に使用するガスバーナーを提供したほか、作業工程の指示もした。
⑤作業の際、溶断中の棚の一部が倒壊したため、Xが転落し、脳挫傷などの傷害を負い、左側上下肢麻痺の後遺障害が残った。
図にして表すと次のとおりになります。
このような事実関係で、東京地裁は、XとY社との間に直接の雇用契約は認定できないと判断したものの、Y社に安全配慮義務違反があるとして、Y社に対し、約4200万円の賠償を命じました。
このように東京地裁が判断した理由は次のとおりです。
以下、判決文引用。太字、着色及びカッコ書きは当職による。
原告(X)は、少なくともA又はB社(Aが経営する会社)の下請の立場にあったものと認めるのが相当である。そして、上記のとおり、被告(Y)が原告に対して道具を提供したことや、被告代表者が原告に対して本件解体工事の作業工程を指示したことなどを踏まえると、原告と被告との間には、信義則上、安全配慮義務を認めるべき特別な社会的接触の関係があったと認めるのが相当である。
引用ここまで。
このように、直接の雇用契約がなくとも、「特別な社会的接触の関係」があれば、安全配慮義務が生じることになります。そのため、この義務に違反すれば、損害を与えた際に賠償する義務が生じる可能性があるので、注意が必要です。
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2024年10月1日 弁護士 矢野 拓馬
[1] 土田道夫「労働契約法(第2版)」(有斐閣、2016年)517頁。
[2] 最高裁昭和58年5月27日判決(民集37巻4号477頁)。
[3] 例として、高知地裁令和2年2月28日判決(平29(ワ)117号)。控訴審は高松高裁令和 2年12月24日判決(令2(ネ)67号)。
[4] 最高裁平成3年4月11日判決(裁判集民 162号295頁)。
[5] 東京地裁令和4年12月9日判決(判時 2582号87頁)。