交通事故

交通事故の後、「時効」に注意

 交通事故というのは、不幸なことに、日々発生しています。日本では、金銭賠償原則が採用されていますから(民法722条1項・417条)、弁護士としてできることは、少しでもご依頼者様の希望に沿った賠償を得られるよう努力することです。

 交通事故は物的損害と人的損害に分けられますが、今回の記事では特に断りがない限り、人的損害について書きます。この記事のメインテーマは時効ですが、自賠責請求の時効についても、この記事では省略します。

 日本では、自賠責保険が強制加入とされており(自賠法5条)、任意保険の加入率も高いですから※1、賠償額が争いになることはあるとしても、全く回収できないということはほとんどありません。
 そこで、弁護士として気を付けなければならないことは、消滅時効です。消滅時効になってしまうと、一度発生した権利が消滅してしまうので、本来得られたはずの賠償が得られなくなってしまいます。

 交通事故など、不法行為に基づく損害賠償請求権は、不法行為の時点に法的権利として発生し、その日から遅延損害金も生じます※2。しかし、権利が発生するタイミングと、時効の計算が始まるタイミングは、必ずしも一致するわけではありません。

 消滅時効を考えるうえで必要なのは、いつから何年が経過すると時効完成になるかということです。

 交通事故の場合、車両などの物的損害については3年(民法724条1号)、生命又は身体に対するものについては5年で時効になります(民法724条の2)

 そして、時効の計算の始まりの時点(この時点のことを「起算点」といいます。)ですが、これは損害及び加害者を知った時とされています。
 ここで、「損害及び加害者を知った時」というのは、「加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に、その可能な程度にこれらを知った時を意味する」とされており、単に損害の発生の可能性を認識したのでは足りず、損害の発生を現実に認識することが要求されています※3。もっとも、損害が発生したという事実を知れば足り、損害の程度や額を知ることまでは必要がないとされています※4

 では、より具体的にいつのことなのかというと、実は、確固とした判例があるわけではありません。ただ、実務上は、治癒または症状固定した時点を起算点とする運用になっています

 ここで、症状固定という専門的な用語が出てきたので説明します。

 交通事故に遭うと、体の健康状態が大きく落ちます。その後、時間とともに回復していき、完全にもとに戻る(治癒する)かもしれませんし、ある一定の状態から回復しなくなるかもしれません。症状が安定し、医学上一般に認められた医療を行ってもその医療効果が期待できなくなったこと症状固定といいます※6。この場合、被害者には後遺障害が残っていることになります。
 グラフにすると次のようになります。

 A時点で交通事故に遭い、そこから治療をしたものの、B時点でこれ以上回復しなくなった(症状固定になった)とします。

 後遺障害が残存すれば、事故前と比べて稼働能力が低下し、収入の減少が見込まれます(「逸失利益」といいます。)しかし、症状固定となれば、収入の減少が将来のことであっても、収入の減少という不利益が発生すること自体を知ることができるうえ、Bの時点で、労働能力喪失率や就労可能期間に基づいて逸失利益を算定することもできます。したがって、症状固定になれば、治療費や慰謝料を含め、交通事故によって生じた損害の全容を知ることができます。

 このような理由から、後遺障害が残った場合には、症状固定をもって時効の起算点とされていると考えられます。

 もっとも、これと異なった扱いがされることがないかというと、そういうわけでもありません。例えば、症状固定について裁判所が認定した日と医師が診断した日が異なる場合、後者を時効の起算点とした例があります※7。しかし、あくまで事例ごとの判断であることに注意が必要です。また、逆に、治癒や症状固定より前の時点で時効の起算点とされる可能性が全くないとは言えません。

 気づかないうちに時効になってしまっていたといったようなことを防ぐため、交通事故に遭ってお困りの場合、少しでも早く弁護士に相談することをお勧めします。

 なお、賠償金について加害者や保険会社と交渉している場合、権利の承認があったものとして、時効のカウントがリセットされます(民法152条1項)。そのため、特に注意が必要であるのは、交通事故後、加害者や保険会社と交渉していないような場合です。
 また、同一の交通事故であっても、人的損害と物的損害の損害賠償請求権は別であり、時効も別々に進行することにも要注意です※8。治療が長引いていたとしても、それとは別に、交通事故発生の時点から物的損害の時効が進行します。

 当事務所では、近江八幡市、彦根市、東近江市、野洲市を中心に滋賀県や京都府で交通事故に遭ってお困りの方から相談をお聞きしています。弁護士にお任せいただければ、時効の管理はもちろん、損害賠償の金額ついて保険会社との交渉もさせていただきます。また、加入している保険に弁護士費用特約が付いていれば、弁護士費用の負担を大幅に減らせますので、ご検討ください。

2024年6月1日 弁護士 矢野 拓馬

 

引用
 ※1:損害保険料率算出機構「自動車保険の概況」(https://www.giroj.or.jp/publication/outline_j/j_2023.pdf#view=fitV)119頁。2024年5月21日閲覧。
 ※2:最高裁昭和58年9月6日判決(民集37巻7号901頁)。
 ※3:最高裁平成14年1月29日判決(民集56巻1号218頁)。
 ※4:大審院大正9年3月10日判決(民録26輯301頁)。
 ※5:日弁連交通事故相談センター『交通事故損害額算定基準(27訂版)』(日弁連交通事故相談センター、2020年)374頁。
 ※6:国土交通省「自賠責保険・共済の制度概要」(https://www.mlit.go.jp/jidosha/jibaiseki/accident/nopolicyholder/index.html#:~:text=%E8%AB%8B%E6%B1%82%E3%81%AE%E7%A8%AE%E9%A1%9E%EF%BC%88%E8%AB%8B%E6%B1%82%E5%8C%BA%E5%88%86,%E6%AD%BB%E4%BA%A1%E3%81%AB%E5%8C%BA%E5%88%86%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82)2024年5月29日閲覧。
 ※7:名古屋地裁平成30年2月20日判決(交民51巻1号175頁)。
 ※8:最高裁令和3年11月2日判決(民集75巻9号3643頁)。

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