企業法務 労働問題

従業員がライバル企業に転職した場合、取ることのできる手段

 従業員が退職してライバル企業に転職した場合、会社としてはノウハウや顧客を持って行かれないか不安になることがあると思います。この場合、どのような手段を取ることができるでしょうか。

 前提として、退職後ではなく在籍中における法律関係について確認します。

 在籍中は、労働者が誠実義務として、企業秘密を保持する義務(秘密保持義務)や使用者と競合する企業に就職したり自ら開業したりしない義務(競業避止義務)などを負うとされています[1]
 秘密保持義務違反に関しては、民事上の問題となるだけでなく、不正競争防止法により、在籍中のみならず退職後においても、刑事罰の対象になりえます(同法2条、21条1項)。
 他方で、競業避止義務に関しては、退職後も当然に及ぶわけではありません。むしろ、労働者には職業選択の自由(憲法22条1項)が保証されているので、退職後にどのような仕事に就くかは原則として制限されないはずです。

 退職後の競業避止義務に関しては、その旨を定めた規定や特約などの根拠が別途必要になるというのが一般的な理解のようです[2]。たとえば、就業規則の定めや個別の合意などです。

 また、そのような根拠が存在していたとしても、それが無効とされることもあるので注意が必要です。

 裁判例[3]によれば、競業避止義務によって守られるべき使用者の利益、これによって生じる従業員の不利益の内容及び程度並びに代償措置の有無及びその内容等を総合考慮し、その制限が必要かつ合理的な範囲を超える場合には,公序良俗に反し無効であるとされています。

 私もすべての裁判例を確認したわけではありませんが、競業避止義務を定めた特約が無効と判断されることの方が多いように思います[4]

 もちろん、有効と認められた裁判例[5]もあり、最近でも競業避止義務の有効性を認めたうえで損害賠償請求を一部認容した裁判例[6]もあります。もっとも、この裁判例では、会社側が700万円以上の損害賠償請求をしたのに対し、裁判所に認容されたのは6万円だけでした。

 まずは、この裁判例の事実関係について説明します。

 原告側は、美容院を運営する会社で、被告は、そこで勤務していた美容師でした。美容師は、退職後1年間は会社の本店又は支店がある都道府県内で競業しない旨を約束する合意書を提出して退職しましたが、退職後、近接する場所の美容院で勤務を開始しました。その結果、その美容師の顧客の97%が、その美容院に再来することがなくなり、会社の売り上げが落ち込みました。
 このことに対し、会社側が、競業避止義務違反を理由に、損害賠償請求をしました。

 裁判所は、競業避止義務の根拠である合意書の有効性を認めましたが、損害賠償請求は6万円だけを認めました。この裁判例の判断を解説します。

 競業避止義務違反による損害となるのは、退職による顧客の減少ではなく、競業による顧客の減少です。そして、退職した美容師を指名していた顧客は、必ずしも当該店舗に通い続けるわけではなく、その美容師が競業をしていなくても他の店舗に行くことも多いと考えられるため、逸失利益の検討に当たっては、このことを考慮する必要があります。
 この美容院を退職した過去の美容師のデータを見ると、再来失客率が60%以上であり、90%近い美容師もいました。被告の再来失客率は約97%でしたが、被告が退職した場合には、競業をしていなくても、概ね90%の顧客が原告の店舗に来店しなくなることもあり得るものと認定されました。
 そのため、競業による損害はその差である7%ということになります。

 この裁判例では、美容師に特有の事情や本件における個別の事情に照らして合理的な損害額を算出しようとしたものと考えられています[7]

 このように、競業避止義務の設定が有効か、有効だとして会社側の考えている損害賠償が認容されるかどうかというのは、法的構成を十分に検討しなければなりません。会社のノウハウや顧客を守りたいと考える経営者の方は、一度、弁護士に相談することをお勧めします。

 また、競業避止義務違反を主張されて悩んでいる元従業員の方は、一度、弁護士に相談することをお勧めします。適切に反論すれば、請求を大幅に排斥できたり、場合によっては完全に棄却することもありえます。

 2026年5月1日 弁護士 矢野 拓馬


[1] 水町勇一郎『労働法〔第6版〕』(有斐閣、2016年)120頁。
[2] 菅野和夫・山川隆一『労働法〔第13版〕』(弘文堂、2024年)184頁。
[3] 大阪地裁平成15年1月22日判決(労判846号39頁)。
[4] 東京地裁平成7年10月16日決定(判タ894号73頁)、東京高裁平成24年6月13日判決(平24(ネ)920号 ・ 平24(ネ)3013号)、大阪地裁平成12年6月19日判決(労判791号8頁)、大阪高裁平成18年10月5日決定(労判927号23頁)など。
[5] 東京地裁平成16年9月22日決定(判時1887号149頁)など。
[6]東京地裁令和7年3月26日判決(判時2634号49頁)。
[7] 匿名記事「判批」判例時報2634号49頁。引用部分は50頁。

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