子どもに対して体罰をしてはいけないということは、最近では有名なことかと思います(保護者については民法821条、教員については学校教育法11条)。
では、子どもに対して、大人はいかなる場合でも有形力を行使することはできないでしょうか。例えば、子どもが車道に飛び出したときに、手を引っ張って止めることができないとなると、その子どもにとっても危険があります。
判例[1]では、教員の臀部を2回蹴るなどした小学校2年生の男子児童に対し、同教員が児童の胸元の服の部分をつかんで壁に押し当て、「もう、すんなよ。」と叱った行為について、教育的指導の範囲を逸脱するものではなく、体罰には該当しないと判断されました。
この判決で最高裁が考慮要素として挙げたのは、行為の目的,態様,継続時間等でした。これらを考慮して、教育的指導の範囲にとどまるのであれば、有形力の行使も違法ではありません。
このように、子どもに対する有形力の行使が許容される場面があります。文部科学省のホームページ[2]では、児童生徒から教員等に対する暴力行為に対して教員等が防衛のためにやむを得ずした有形力の行使や、他の児童生徒に被害を及ぼすような暴力行為に対して、これを制止したり、目前の危険を回避するためにやむを得ずした有形力の行使などは、正当な行為として許容される例であると示されています。
これに対し、身体に対する侵害を内容とするものや、相手に肉体的苦痛を与えるようなものは、通常、体罰と判断されることになります[3]。例えば、過去の裁判例では、部活動の顧問が部員に対し、頭を竹刀で叩いたり、頬を平手打ちしたりする行為は、気合を入れ直すためのものであっても違法であると判断されたものがあります[4]。
教員の生徒に対する有形力の行使の問題は、親子の関係でも同様に考えることができます。親権者には子を「監護及び教育する権利」(民法820条)があるので、監護教育の範囲内であれば、有形力の行使も認められると考えられます[5]。
そのため、冒頭に示した例のように、子の身体の危険を回避するためにとっさにおこなったものについては、適法と解される可能性が高いです。
私としても、暴力の行使を推奨する趣旨では決してなく、有形力を使わずに指導できることが理想であると考えています。しかしながら、有形力の行為が一切禁じられているわけではないので、真に必要であるときには、必要な限度において行使してもやむをえないという意識になってもよいと考えます。
もっとも、これらは親や教員など、子どもを指導すべき地位にある者について妥当する議論であり、そうでない者による有形力の行使は違法と判断される可能性が高いと考えられるので、注意が必要です。
2025年2月6日 弁護士 矢野 拓馬
[1] 最高裁平成21年4月28日判決(民集63巻4号904頁)。
[2] 文部科学省「学校教育法第11条に規定する児童生徒の懲戒・体罰等に関する参考事例」(https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1331908.htm)2025年2月6日閲覧。
[3] 同上。
[4] 前橋地裁平成24年2月17日判決(平21(ワ)878号)。
[5] 芥川正洋「子どもに対する有形力の行使と暴行罪の限界」法律時報95巻9号81頁。引用部分は85頁。