株式会社において、取締役の報酬等は定款または株主総会決議で決めなければならないとされています(会社法361条1項)。取締役が職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益が「報酬等」として定義されていますから、毎月の報酬や年に数回の賞与だけでなく、退職慰労金も含まれます。
このような規制は、取締役が自ら報酬を決定することになる弊害を防止するためです[1](「お手盛り防止」などと言います。)。
取締役が株主でもあることが多いと思われるかもしれませんが、出資者である株主と業務執行を行う取締役が概念上分離されており(「所有と経営の分離」と言います。)、株主でない者でも取締役になることができるというのが株式会社の制度上の特徴と言えます[2]。
そういう意味では、上場企業のように、株主の多くが経営に直接関与しないというのが、会社法の本来想定する株式会社のあり方と言えると思います。
取締役の報酬に話題を戻しますが、ここで、取締役の報酬等に関する判例法理を整理します。
①定款と株主総会のいずれの定めにもよらない取締役への報酬の支払いは法的に無効であり、取締役から報酬を請求することもできません[3]。ただし、事後的に株主総会によって決議を経た場合には、特段の事情がない限り、報酬支払が適法有効になります[4]。
②株主総会において、報酬を取締役1人ごとに定めなくても、総額を定めたうえで個別の配分を取締役会に委任することもできます[5]。この場合、さらに取締役会から特定の取締役に対して配分の決定を一任することもできます[6]。
③株主総会において、取締役会に対する一任決議がされた場合、取締役会の決議があってはじめて報酬請求権が発生しますが、取締役会において、一任決議の趣旨に反する決議をした場合、決議をした取締役は、報酬を受け取るべきであった取締役に対して損害賠償責任を負います[7]。
④定款また株主総会の決議(株主総会による委任を受けた取締役会において各取締役に対する配分を決議した場合を含みます。)によって取締役の報酬額が具体的に定められた場合には、会社と取締役の間の契約内容となり、契約当事者である会社と取締役の双方を拘束します。そのため、その後に株主総会において取締役の報酬を変更する決議をしたとしても、取締役の同意がない限り、報酬の請求権は失われません[8]。
このような判例法理があるなかで、最高裁の最近の判決[9]では、会社内の算定基準に従えば退職慰労金が3億7720万円となる取締役について、取締役会で退職慰労金を5700万円と決議した事案において、会社及び代表取締役個人の損害賠償責任を否定しました。
この事案においては、「在任中特に重大な損害を与えたもの」について退職慰労金を減額することができるという減額規定が存在し、当該取締役が在任中に不合理な支出などで会社に対して約3億5551万円の損害を与えたということなどが考慮され、取締役会決議に裁量権の範囲の逸脱や濫用がないと判断されました。時系列で表すと次のとおりとなります。

先に説明した判例法理のうち、特に③や④との整合性がどうなるのかという観点での疑問が生じるかもしれませんが、報酬を減額する根拠規定が存在していたことと、その規定を適用することが適切であったことから、この判断は妥当であり、従来の判例法理とも整合すると言えます。
取締役への報酬の支払は、取締役個人にとっては自身の生活のために必要であるのに対し、会社にとっては適法性や公正性を確保する必要もあります。報酬の決定や、会社の運営で悩んだときは、弁護士に相談することをおすすめします。
2025年6月4日 弁護士 矢野 拓馬
[1] 伊藤靖史ら『会社法〔第5版〕(LEGAL QUEST)』(有斐閣、2021年)233頁。
[2] 同上18頁。
[3] 最高裁平成15年2月21日判決(金法1681号31頁)。
[4] 最高裁平成17年2月15日判決(判タ1176号135頁)。
[5] 最高裁昭和60年3月26日判決(判タ557号124頁)。
[6] 名古屋高裁金沢支部昭和29年11月22日判決(下民5巻11号1902頁)。
[7] 東京地裁平成10年2月10日判決(判タ1008号242頁)。
[8] 最高裁平成4年12月18日判決(民集46巻9号3006頁)。
[9] 最高裁令和6年7月8日判決(民集78巻3号839頁)。